2013/12/02
I believe
大学時代の友だちの結婚式。小さい大学で同じ専攻になり、同じゼミに入り、一緒に採用試験を受け、同期採用となり、新卒からずっと働いてきた。あれこれガールズトークをしてきた彼女の花嫁姿はとても美しく、彼女らしかった。
主賓の校長さんには「いつもリアクションが大きい」と暴露され、感謝の手紙を読んでいるとき、泣きながら、お父さんにむかって「お父さんはいつもかわいくてマスコットキャラクターみたいで…」と言いだし、周りは笑いにつつまれ、本人も泣いているのに、自分で笑って言葉を詰まらせてしまった。涙も笑いも彼女らしすぎる。
一緒に集まった大学の友人たち。ひとりは九州からやってきた。子育て中で、子どもを預けてきた人もいた。妊娠後期で来られないという人もいた。話題は「○○の子、今いくつ?」ということから、「小1の通知表意味わからへんねんけど。本人見てるとこんなできると思えない」ということまで、いろいろ。通知表については、1年の1学期は2段階の評価だから、2学期からもう少しわかりやすくなるよ、と説明した。「ほんまに先生なんやなー」と驚かれた。
みんなで共感したのは「友だちが減ってる」という話。子育てに必死で、前みたいに友だちづきあいしてない。仕事に必死で友だちづきあいしてない。友だちが妊娠出産してそれどころじゃない。一緒に遊ぶ相手なんかいない。立場はそれぞれ違うけど、そこのところだけはみんな一緒で、「そうやんなー」と言いながら、ちょっとほっとした。特に女性はそうだよねぇ。
20代後半になるまであんまり気づいてなかったけど、私たちの人生は、絶えず変化している。友だちと年賀状ぐらいのつきあいになったり、違う友だちがでてきたり、もっと優先されるべき事柄はいくつでもできてくる。仕事上の責任も重くなって、あんまりのんきにしてられなくなる(のんきに働いていたことは一度もないけど)。
絶えず変わっていくものの中で、迷子になったり、うわー、こんなにめまぐるしいのは困る…と立ちくらんだりすることもたくさんある。決して変わらないものにつながっていることは、幸いなことだ。
帰りにCDをかけたら、たまたまMisiaの「I believe」が流れた。そういやMisiaのベスト盤を入れっぱなしにしてたんでした。Believeという言葉は、元々は神を信じるという意味からできた言葉なので、人など変化するものに対しては決して使わないと聞いたことがある。深い言葉だな。
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