この何ヶ月か、はっきりいって、落ち込んでるのがよくわかったよ。
と今日言われた。10パーセントぐらい当たってるけど、うーん残念。違うんだなぁ。
この3ヶ月あまり、いや2013年そのものが、私にとってはとんでもなく大変な時期だった。一時期、集中してやってきた大きめの仕事をいくつも平行してこなしながら、距離を超えて相方との時間も大事にしてきた。うわ、人間業じゃないな、と自分でも思ってしまう(もちろん私がしたことではなく、主の働きで成ったことだ)。
もちろん相方だってヒマではない。器用でない私たちが、それを続けてくることができたのは、相方のマメさのおかげによるところが非常に大きい。
離れた人と精神的につながり続けようとすること(いわゆる遠距離○○)がどんなものか、経験したことがなければきっと分からないだろう。相手が体調を崩したり、悩んでいたり、というような、よくある、そして近くにいればそんなに思わないことでも、離れていると不安になる。
それでもなんとか、つながりを保ちながら2014年を迎えられそうだ。感謝。
落ち込んでるのがよくわかった、と言われるあたりの、そっちの方にどうやらしわよせがきているらしい。言えば言うほど周りの顔が怪訝になっていくので、適当に話をやめた。うわー、言うのやめなさいよ私、と思いながら、少しでも言わざるをえなかった。
私は信仰において落ち込んでいて、恵まれてないのだろうか。
というか、そういうふうに見えるのか。
同じ主を見上げて歩んでいることのほかに何か必要?
前の自分なら落ち込んで泣いていただろうけど、今は「なんだそれ」の一言につきる。
主に委ねて祈っていくより他にない。
そう思えるようになったことが、この2013年の私の進歩のひとつ。
日生から牡蠣が届いたので、早速父が蒸し焼きにして、味を楽しんだ。父が喜んで食べてくれることが何より。しかし、その父も閉口するほど牡蠣があるので、明日は牡蠣のグラタンを作る予定。こうして、家族二人の年末がすぎていく。大掃除も大詰め、明日は可燃ゴミの最終収集日。気合いを入れて出さなくては。
書かれているけど書かれていない言葉の裏を読もうとして。
返信削除もしかしたら的外れかもしれないけど。
教会がスミレさんの頭首ではないですから。
イエス・キリストが頭首ですから。
そして、主は、家族と近しい人を大切にするように導いてくださってると思いますよ。
主は全てをご存知ですから。
奉仕なんかに身を砕くのは、本来は教会信仰、宗教に走ってるようなものです。
人様のブログでここまで言うのは気が引けたけど、
スミレさんの背後にいらっしゃる主の語り掛けを聞いた気がしたので。
全てはOKで、祝福な年だったんですね。
まこさん、ビンゴです。あはは。
返信削除多くは書けませんが、どうして教会に疲れるクリスチャンが多いのか、分かるような気がしてきました。
私は他のメンバーとルーツが違うので、違和感を感じたり感じられたりするようです。
かしらはイエス・キリスト、なのにそこに何か一つでも型やフィルターを挟もうとするようや動きは苦しいです。
みんな教会を出て作られた群れのはずなのに。なんなんでしょう。