2013/10/20

ふしぎちゃん

「いやー、スミレちゃんが『不思議ちゃん』やったって聞いたよー」

と今日突然言われて、「へ?」と驚いた。
私もよく分からなかったのだけど、なんでも、うちのSさん(元上司で、同じ教会の姉妹)がこの前、私の授業を観に来られた方に出会って、そう言われたんだそうな。

不思議ちゃんと言われると、正直いい気持ちはしない。あまり良い意味でも聞かない。
ただ、私の「不思議ちゃん」は、否定できない…。はぁ。

よく分からないけど面白いことをする、という意味で言われるなら、思えば、私が担任する子たちはみんな不思議ちゃんだった。
緘黙で、ようやく学校でも話せるようになって、初めて私に発したのが「おじさんキモイ」だった子。
「かさこじぞう」のテストの裏に、自作のかさこじぞうの歌を作って書いてくれた子。
修学旅行に付き添っていったら、前の年に音楽で教えた歌を突然3部合唱してくれた子たち。
読んだら笑えるような詩を書いてくれたクラス。
「しあわせせんせい」というあだ名をつけて、今もそう呼んでくれる子たち。
担任に子どもが似るというなら、確実に私は不思議ちゃんだろう。
でも私は、その不思議ちゃんたちがいとおしい。


幼稚園の時、「夢見る○○ちゃん」(○○には本名が入る)と先生方に言われていた。
「魔女の宅急便」を観たら、本気でほうきにまたがって空を飛ぼうとしていた。
自分は「おひめさま」になるのだと本気で思っていた。
小学校時代の恩師は、「君は…うーん、面白い子やったね…」としか言われなかった。

どうやら主は、私をそういうもの(不思議ちゃん)としておつくりになったらしい。
確かに生きにくさは否定できない。「他の人と比べて」不思議なところも、理解されにくいところもたくさんある。不器用でもある。そもそも、私のライフイベントを思うと、不思議ちゃんでなかったら歩いてこられなかったところもあると思う。
だけど、それが主の御心で、導かれてここにきて、こんな私を用いようとしていてくださるのだ。
今ここで、私が用いられていることも、はたからみたら不思議なことだろう。
主はどんな不思議ちゃんでも愛して下さるのだ。

Sさんはその場で相手に、私の生い立ちや自分自身のことも含めた証をして帰ってきたそうだ。
不思議ちゃんが育った背景を聞いて、相手はなんとなく納得されたらしい。

うーん。でもほぼ初対面のSさんに私についてそこまで言い放つとは。
相手の方とお会いしたときのことや、そのことや、いろんなことを含めて、


あなたこそ不思議ちゃん


と思ってしまった。
世の中いろんな人がいるもんだ。主はまた、そういうふうに人をつくられたもんですな。

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