2013/10/22

どんな言葉でも態度でも

1歳の姪のクリスマスプレゼント第1弾に、帽子を編み始めて、本体が完成!というところまで来た。実は棒針編みをするのは20年ぶりぐらいなので、正直、編めるのか?と思ったり、キットを売ってくれた雑貨屋のtetoさんにも「編めなかったら、教えますから…」といわれたりしたけど、とりあえず本体は編めた。あとは、難しいのがかぎ針のモチーフ。。。帽子本体は初心者でも編めるけど、こっちは本当に難しそう。ちなみに買ったのはAVRILの「ちょうちょ」のキット。同じシリーズのひつじよりも、絶対こっちの方が難しいぞ…。


今日Chapter29の信仰放談を聴きながら、そして編み物をしながら、編み物が上手だったうちの母を思った。

生きていれば、つい先日60歳になったであろう母は、私を妊娠しているときに、まだ3歳だった兄を事故で亡くした。大きなショックだっただろうに、それでも私をなんとかおなかの中で育て、産んでくれた。そして数年後に、母はまさか自分もそんなことになるだろうとは思わなかっただろうが、病でわずか数日のうちに亡くなった。

なんでこんな目に遭うの?と、母はきっと思っただろう。元気に遊んでいた、自分が産んだ子を亡くした。急な病で、最後は苦しんで死んでいった。今度は自分が産んだ子を遺して。
世間一般のことばの慰めや励ましが、母の心を本当に慰めたのだろうか。癒やされただろうか。ヨブとまではいかなくても、人並み外れて苦難の多い人生だったと思う。それでも、おぼろげに記憶にある母は、強くて明るい人だった。あの母を慰めたものは、なんだったのだろう。

ずっと母の死から離れることができなかった私の慰めは、主だった。その慰めを知ったときに、初めて私は、そのこだわりを手放すことができるようになった。どんな言葉でも、どんな親切な態度でも、カウンセリングでも、もっと専門的な治療でも、そこはどうにもできなかった。それは、まだ長くない今までの人生の中でもう分かった。主の慰めがどれだけ深いものか、目には見えないけれども、それはとても深い。その慰めを知ってしまったら、もう主から離れて生きていくことはできないと思った。


「よく帽子なんて編むねー」といわれた。確かに私はヒマではないし、編むのだって、単に姪が可愛いからではない(確かに可愛いけど)。姪を愛している人間がここにいて、そしてこの世に姪を愛したであろう人がいたことを、こうして形にしたいのだと思う。そして何より、自分の心の中のいらないものが、どんどん削ぎ落とされて、大切なものだけが残るような気がするのだ。

ということで、明日からはちょうちょをちまちまと編んでいく予定。若干ぶさいくな形もしているけど、そこはどうか愛情に免じてゆるしてほしい。弟夫婦と姪よ。

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