空気が一気に肌寒くなった。今朝は、学校に入るのがうまくいかない子どもが(子どもと?)一悶着。泣き叫んで母を追おうとするその子を抱きかかえて、よしよししたり、うろうろしたり、とにかく二人で過ごして落ち着こうとしていた。
泣き叫ぶ声が、コの字の形になった校舎に響き渡る。私はその子を抱きしめている。私たちの他には誰もいない。冷たい風が吹き抜ける。
その子を抱きしめながら空を見た。高い校舎の上に見える空は今日も青かった。そしてとても高かった。校舎が高い高い塀のように思われた。
何年か続けて、こんなことをしている。続けて小さい子を担任しているからかもしれないけれど、去年の今頃も、やっぱりこんな感じのことをしていた。そしてやっぱり、そのころも空は青かったし、高かった。
この高い高い塀の中で、私とこの子はいったい何をやっているんだろう。
そんな気分になる。何かに取り残されているような、不安な気分になる。それはたぶん、腕の中で泣いてもがいているこの子の気持ち。
うんと高い塀の中で、もみくちゃになっている私と子どもを見ている眼差しの存在を、感じたような気がした。それは、何やってんだとか、そんなものではなくて、弱いものをいつくしむような。
私にできることはたかがしれている。その子の苦しみを取り除くことはできないので、こうやって朝の冷たい空気の中で、だっこして一緒に揺れているだけだ。落ち着いたら、一緒に教室に入ろうというだけだ。あとはそのいつくしむまなざしに、ゆだねるだけ。
しかし今日は腕ひっかかれた。痛い。頼むから爪、切ってきて…。
うーん。私も毎日似たようなことやってますよ。
返信削除あまりにも面倒くさくて死にそうになりますが、それでも続けられのは、そのまなざしのおかげですね。
そのまなざしを感じていなかった頃は、とてもこんな対応はできませんでした。つくづくそう思います。しかし「面倒くさくて死にそう」…わかります…(笑←笑っている場合ではない)
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