2014/11/30

愛するって


 昨日は幸運が重なって、ギリギリお昼にマーラータンを食べることができた。私の至福のときのひとつは、いつもの店でカウンターに座ってマーラータンを食べること。そしてそのとき、手元に「はじめての文学 よしもとばなな」があるとなお良い。お店に置いてある。
 色々な小説が収められた中学生向けの本で、その中にはデビュー作の「キッチン」も入っている。彼女の作品はエッセイの方が好きだけど、「キッチン」だけは別。

 今日の写真茶話会では、私が撮りたいものの話になった。SIGNさんの話を聴いて、帰りに車を運転しながら、その「キッチン」の中で最も私が好きな一節を思い出した。

 私は雄一に恋していないので、よくわかる。彼にとっての万年筆と彼女にとってと、全然質や重みが違ったのだ。世の中には万年筆を死ぬほど愛している人だっているかもしれない。そこが、とっても悲しい。恋さえしていなければ、わかることなのだ。 (よしもとばなな 『キッチン』より)
 世の中には万年筆をただの筆記具と思っている人もいれば、死ぬほど愛している人もいる。あくまでこれは例えの表現だけど、ここが私の最大のツボ。人によって質や重みが違う、ということは、文章では表現しきれない。写真でしか表現できない。(そして、多分そこに恋の有無は関係ない…)


 茶話会での話が思いっきり自分のツボで、久しぶりに自分の呼吸が止まるかと思った。笑いのツボではなくて、自分の人生のツボ。ある意味弱点。それを見抜いているSIGNさんの眼と、どうやら写真からなんとなくそれを感じ取っているらしい他の参加者の方の眼とに驚かされる。涙のスイッチを押された気がして、実は結構必死な茶話会であった。
 言葉よりも写真の方が、私という人間をはるかによく伝えられるらしい。知らんかった。

 自分が他人とズレている。元々ズレているのに、そのズレがどんどん大きくなっていくように人生進んできた。ズレゆえに、私は好きでも、私を嫌悪する人にたくさん出会った。そして悲しいけれど、それを埋めることはできない(だから友達は本当に少ない)。
 でもそれをせめて面白がってくれる人がいて、肯定してくれる人がいる。それで充分。
 
 「肯定できる人がまるごとのあなたを愛せる人」

 この人生のターニングポイントの土日のしめくくりとして、これ以上の言葉はない。


この土日は山にいた。朝もやがとても美しかった。十数年ぶりに、わんこと散歩した。

4 件のコメント:

  1. この投稿の写真、2枚採用で。

    言葉にして説明しなくていいので今までよりは楽だと思うよ。頑張ってきた分は頑張ってきた分でよし。
    作品で自分を出すのに遠慮はいりません。その曲線を美しいカーブと感じるか歪曲と感じるか、加えられた力まで肯定するなら間違いなく美しいんです。
    どこかへ行って撮るとか、何かを撮ろうと探すのではなくて、「ああこんなとき」に撮れば何を撮ってもスミレさんの写真になる。恐れずいこう。

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  2. えー!これ採用ですか。びっくり。
    茶話会に行き、写真という表現手段に出会えてよかったです。この前の茶話会で強くそう思いました。なぜ茶話会が存在し、そこに人が集うのかもわかったような気がします。そしてほとんどその話をしていないにも関わらず、写真でそれを見とって下さったSIGNさんやカリーナさんには心から感謝します。

    私は幸か不幸か、自分のことがよく分かっていないので、恐れず、何も考えず、シャッターを押そうと思います。どんな写真展になるか、ものすごく楽しみです。

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  3. 人は自分以外のことは、よく見えるんですよ。自分のことをしっかり見てくれる人と交わりを持つことでバランスを保つのは大事です。目玉は自分の顔についてますから、あらゆる活動をとめて鏡を見ないといけない。それに対して自分の顔はそのまんま四六時中、他人に晒してるわけです。

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  4. 今が一番、人生の中でバランスの取れているときだなと思います。見ていてくれる周りの人がいること、何よりも、温かな眼差しの存在に気がついたことが大きいと思います。また今度の茶話会で私の写真、見てください。
    それと、3月の話、今度のchapterのときにします。

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