2014/06/15

御心がなりますように

 Chapter29の配信を聴いた。リアルタイムで、その場で聴いて交わりたかった…。残念。来月は行けますようにー。
 主がSaltさんや銀じ郎さんを通して語ってくださることを、リアルにその場で聴くことは、本当に大きな恵みがある。配信もいいんだけど、やっぱり何でも、いのちあるものならば、新鮮で生なのが一番いい。


 祈るときに、あんまり「このことを祈ろう」と思うことがないことがある。結構な割合で。具体的に「○○がこうなりますように」と祈ることもあるけど、それってほんまに主の御
心なのか?と思うと、結局そう祈らないで、「○○について、私は×××と思うけれど、主の御心の通りになりますように」となる。
 これでいいのか?
 でも、結局一番大事なのは、私がどう思うかじゃなくて、主の御心が成就することなわけで…。
 

 そんな個人的な祈りよりも、「御名を崇めさせ給え」「御心の天になるごとく地にもなさせ給え」という主の祈りの方が、自分にとっては今、ずっと切実な祈りのような気がする。配信の後半を聴いて改めて思った。
         
 私の一番大切なひとたちに、キリストのことを知ってほしい。
 とても渇いていても、キリストという答えを知らない人もいるし、自分が渇いていることに気がつかないままの人もいる。大人も子どもも。
 でも、話そうとするとどうしても胡散臭さ満載なので、話す気になれない。御名が崇められるようになるために、どうか私を用いてください、と祈ることぐらいしかできない。
 
 
 明日からまた1週間、明日はプール開き。高学年も久しぶりなら、大プールに入って指導するのも何年ぶり? というありさま。あわててスイミングキャップを出した。

 仕事について主の御名によって祈り、与えられた答えがこのポジションだった。「ほんまに私、こんな仕事できるんですか…」と問いつつも、毎日元気に仕事をさせてもらっている。全ては主から出て、今も主に守られていることだ。確かに不安はいっぱいだけど、もしキリストを知らなければ、間違いなく私は不安に押しつぶされてつぶれていただろう。恐れなくていいものは恐れなくていい。恐れるべき方はひとつだけ。…って、証できたらいいのにな。
 1学期もあと1ヶ月だ。



 今日は父の日。何にしようか迷った挙句、今年の父の日は「テンピュールの枕」にした。あんまり酒を飲まれても困るし、特別感あるプレゼントはなかなか難しい。でもさすがに今回は喜んでくれた。よかったー。自分のもほしかったけど、さすがにテンピュールはお高かった。

2 件のコメント:

  1. うちも火曜日がプール開き。水に入ると疲れます。夏休みが待ち遠しいです。

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  2. いやー、暑かったです。確かに水は体にこたえますね。あと1ヶ月がなかなか大変ですが、夏休みのあれこれに思いをはせてがんばります。

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