2014/03/12

あの日が

 今年も3月11日が過ぎた。

 奇遇なことに、今年もあの年の3月11日と同じ教室にいる。
 2時46分という時間はちょうど子どもが学校にいる時間だった。しかもあの日はワックスがけのために、教室から机をきれいに運び出し、水拭きをして大掃除をしていた。もうそろそろ掃除を終わろうと思い、ぞうきん片付けなさいと指示をしているところに、短く放送が入った。

「地震です」

 確かに、ゆーらゆーらとゆっくり長く教室が揺れていた。たまにやってくる地震の短い揺れとは明らかに違う。子どもは青い顔で教室に入ってきた。パニックの子もいた。教室はすっからかんなので、「机の下に隠れる」という訓練が全く生きなかったから。とりあえず子どもを教室の中央に寄せて伏せさせた。揺れがおさまると、急いで子どもを帰らせ、車で下校を見に行った。地震の全貌が分からず、ずっとNHKのラジオをつけていた。津波が到達し、悲惨な状況が起こっているのがリアルタイムで流されていた。
 

 関西の街もなんとなく暗い雰囲気が漂っていた。ちょうど、原発の事故発生が分かりかけたころだったと思う。いつも行く喫茶店で、マスターとお客さんと、メルトダウンが起こっていたらどうなるのだろう、いやもう起こっているだろう、とぼそぼそしゃべっていた。


 私は賢くないし、かっこいいことも言えないけれど、地震が変えてしまったものを元に戻すことはもう絶対にできないんだなあと思う。地震が変えてしまったものたちについて、昔大丈夫だったんだもの、これからだって大丈夫だよ!ということはとてもじゃないけど恐ろしくて言えない。
 机があれば安心ではない。「まあここなら大丈夫だろう」は大丈夫ではない。「なんとかなりますよ」はたぶんなんとかならない。大丈夫じゃないものはとてもじゃないけどコントロールできない。

 私たちにできるのは、結局覚えていることぐらいなんじゃないだろうか。たいしたことは直接的にはできない。ただし、忘れずにいることで、できることもきっとたくさんあるだろうと思う。阪神大震災と同じように、これからどんどん知らない世代が増えていくのだ。
 まだ3年なのに。と、あの日と同じ教室で、複雑な気持ちになった。
 
 

0 件のコメント:

コメントを投稿

入力できない場合は、お手数ですがGmailのアドレス宛に送信して下さい。