とても昨日始まったとは思えないけど、昨日から3学期スタート、そして早くも今日から給食つきの通常日課。昨日は子どもを帰した後に宿題見て、運営委員会に出て、すったもんだして、また宿題見て。今日は今日で、通常日課の後に、いつものように職員会議。本当に余裕がない。ぼうっとしてたら、宿題のプリントの裁断を忘れていて、職員室と教室を2往復ぐらいした。「先生また忘れてるやーん」と子どもに言われた。忘れんぼうは昔から変わらんなぁ。
職場もいろいろあって、3学期から非常勤の先生が新しく来られることになった。3年前まで一緒に勤めていた先輩。同性ということもあって、たくさん励まして下さった方だ。今回は直接関わることはほとんどないけど、たまたま職員室で出会ったので、「お久しぶりです」と声をかけてひとしきりしゃべっていた。
「スミレさん、元気そうやんか。前より体調いいんちゃう?」
「はぁ、まぁ…」
「なんか前と全然違うね、輝いてるって感じ」
「そうですかねぇ…」
「大会とかもがんばったんやろ?」
「はぁ…」
「前勤めてたときと違うよ」
「あ、それはそうですね」
最後だけ妙にきっぱりと答えられた。
先輩は、辞められる前に、私のどん底を横で見ておられた方だ。パワハラや病気で、ぼろぼろになって休職寸前の私を、横から支えて下さった方だった。
イエス様を知る前と後、つまりビフォーアフターを見られているわけで、先輩の顔を見ていたら、あの「何ということでしょう!」というナレーションが聞こえてきそうだった。いや実はすごい方がね、造り替えて下さったんですよ。えへへ。あんな匠のレベルじゃないですよー。
前の私と今の私は違う。
それは最近自他共に認めるところになってきた。未だに勝手なフィルターで私を見る人もいるけれど、今の私の姿は、本当に主の働きがあって造り替えられてきている。そのことをわずかでも感じて下さる方は、少なくない。そして、それが私の努力によるものではないことも。
そんなこんなで病院行ったら、「薬1つ減らそうか」と薬が1錠減った。薬増やしたり減らしたり、いろんなことはあるけれど、
「あのどん底ですら、長い目で見たら、右肩上がりな気がします」
と言ったら、主治医が笑っていた。
いきなり病気治っちゃうとか、そんな「奇跡」は起こらなくても、こうやって自分自身を振り返ると、主が私にして下さった大きな恵みが目に見える。私には十分すぎるぐらい。ハレルヤ。
何ということでしょう。日々新しくバージョンアップしてくださる私たちの匠は本当に偉大な御方です。ハレルヤ。
返信削除アーメン
返信削除Saltさん
返信削除一時期の故障状態すら、全て漏れなくバージョンアップして下さる。そのすばらしさは言葉に言い尽くせないですね。
makoさん
最近、ようやく形だけでなく心から「アーメン」と言えるようになりました。本当に、主はすばらしい方です。
主が私にして下さった大きな恵みが目に見える。私には十分すぎるぐらい。ハレルヤ。
返信削除そうですよね、自分で変わった、と思っているうちは全然変わっていなくって、実はすごい方がつくりかえてくださったです、とわかると、ほんとうにステキですよね。
先輩さんの顔が浮かぶようです
銀じ郎さん
返信削除私は、家に例えるならものすごく変な建て方をされていた家なんだと思います。すごい方の手でなかったら造り替えることは不可能だったでしょう。「造り替えて下さった」ということに気づける感性も大事にしないと…ですね。