所用で、自然の豊かな山間の町に行った。外に出て見ると、木に実がついてたり、とんぼが舞っていたりと、すっかり季節は秋。彼岸花が小川のほとりに咲いていた。
「あ、彼岸花ですね」というと、ちょうど近くにおられた女性が、「そうやね、もうすぐお彼岸やもんね」と応じてくれた。ごとんごとん…と、頭の上の方で、電車が通り過ぎていく音がする。初めて来たのに、とても懐かしい景色だった。
小さなことも、見逃したくない。小さくても、自分にとって大切なものは、ずっとずっと覚えていたい。
そして何より、小さなものほど愛おしく思える。
小学校の頃から、いつもそう思っている。本当に、周りからしたらしょうもないものが、私にとっての宝物なのだ。先生がこっそりくれた飴ちゃんとか、クラスメイトが描いたばんばひろふみの似顔絵(なんでだろう)とか、演奏会の本番でマエストロが勢いよく飛んで自分のメガネを飛ばしちゃった瞬間の景色とか、飲み会の帰りに送ってもらって、散々しゃべっていた時間とか。
たぶん、それは今も変わっていない。残念なことに、私が宝物にしていたいものは、カメラにはおさまらないことが多い。一瞬で消えていくものばかりだ。だから、全身で記憶する。五感をフルに使って。飴の甘さも、飲み会の帰りに見た景色も、酔っぱらいを担いだ肩の重さも、マエストロの「しまった!」という表情も、ぜんぶ。
今日はその景色を眺めながら、数人でひとしきり、話をした。それもまた、美しい景色だった。話の中身だけではない。あの夕焼けや、あの彼岸花が岸辺に咲き乱れているさまを、忘れたくない。久しぶりに、そう思った。カメラを持ち合わせていたけれど、今日は出す間がなかったから。
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