今日の研修に来られた講師さんは、中学校の時の恩師だった。
主の配材だなぁと思うけど、私は結構こういうパターンが多い。
出張に行けば小学校・中学校のときの恩師と出会う。
来月には学年の研究授業が隣のクラスであるのだけど、指導助言に来られるのは、私の小学校低学年のときの担任の先生。私の授業も昔、一度観て頂いたことがある。
でも今日の恩師はちょっと特別な人。
中学1年生のころ。悩んで困っていても誰にもうちあけることができず、でも不登校にもなれず、精神的に追い詰められていたある日の授業で、「どうしたん?」と声をかけてこられた。
そのとき、私ははい、とも、大丈夫です、とも、何も返事ができなかった。
ものすごく勇気を振り絞って、ようやく授業の終わりに「悩んでるんです」と言えた。
あのときの「どうしたん?」がなかったら、本当に今私は生きていないかもしれない。この仕事にも就かなかっただろう。
主は、何も知らなかったそのときから、私にはたらいていてくださったんだと思う。最低のような最高のようなタイミングで、主はその先生と私を出会わせて下さった。
「できないことは、はっきりできないと相手にいう」
今日は教育相談の研修だったので、そんなことも話されていた。いい意味で、昔とは変わられたなあ、と思った。昔は、とにかく何でも必死でなさる方だったし、果たされるかどうかわからない約束も正直なところ多い先生だった。今も熱心さは変わらないだろうけど、「できないことをできないという」って、すごく大切なことだと思う。
自分がどれだけ熱意を持って一生懸命頑張っても、できないことはできないし、届かないことは届かない。自分の力だけで頑張る限りは永遠に無理。病人を熱意だけで救うことはできないし、どんなに甘い言葉を並べても、必ずそれが相手を満たすとは限らない。
自分にできることは限りがある。
だからこそイエス・キリストを救い主として信じ、限りある中でできること、許されることをやる。
教育相談に関わるとき、いつもそのことを思う。
今日は会釈ぐらいしかできなかったけど、次に会う時には、ゆっくりお話できるといいな。
帰りに車を運転しながら、鼻歌でサザンの「心を込めて花束を」をうたった。
今日の自分の心にじんじんしみる歌だった。
期待通りの私じゃないけど、人並みにいろんなことを叶えられた。たとえばあの頃の夢とか。
せめて、笑って生きている。その姿を見せられてよかった。
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