2014/10/26
道の途中で足を止めて
曽爾高原、1泊2日のキャンプ。
朝しっかり準備をしたはずなのに、いざ室生についてみると、聖書と今日の写真茶話会用の写真を入れたバッグがない。とてもトホホなスタートになった。
でもなんやかんやで、とてもハッピーな2日間を過ごさせて頂いた。頂いた食事もおいしかったし、会話は楽しかったし。
曽爾高原はとても空が広かった。ススキも美しかったけれど、空の広さ、高さにとにかく圧倒された。いつまでも写真を撮っていた。高原だけで100枚ぐらい。夕日は、何回も振り返り、立ち止まり、見ていた。久しぶりに、ゆっくりと夕日を眺めた気がする。ちっとも飽きない。
夜は思ったほど星が見えなかったけど、それでもとても美しかった。朝の霧もきれいだった。
「永遠のいのち」というテーマの2日間、そしてそこでひたすら同じような写真を撮る私。
写真を撮るということは、永遠のいのちへ至る道の途中で、足を少し止めることだと思った。
そして、目に映る物事を楽しみ、じっくり味わい、それを切り取ること。
それが正解かどうかは分からないけど。
写真に写せない素敵な瞬間もたくさんあった。ドライバーとしての移動距離も結構長く、ドライブを楽しませてもらった(私の車に乗って頂いた皆様、ハラハラさせてすみません)。曽爾から名張へ抜ける道は本当に美しく、走るのが気持ちよかった。止まって写真撮ってみたかったけど、道が狭すぎてそんな余裕なし。乗ってもらった銀じ郎さんとの会話も楽しかった。久しぶりに、カメラではなく五感で自分の記憶に焼き付けさせてもらった。
高原の丘になっているところが見事なカーブを描いていた。隅っこが変だけど、普通に撮影した写真。なんか魚眼レンズみたい。人の手によらずにつくられたものは、そこにあるだけで圧倒的な存在感がある。
この二日間を一緒に楽しんで下さった皆さん、準備してくださったSaltさんご夫妻、そしてこんな素敵な時間を用意してくださった私たちの主に感謝。
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写真、いいですね。永遠のひとかけらのような写真が撮れるといいですね。肉の五感が霊と健やかにリンクするのも楽しいことです。
返信削除永遠のひとかけら…素敵なことばですね。写真について自分が思うことと、そのことばはとてもぴったりくるように思います。まだ何も決まってないけど、そんなふうに目の前のものを切り取っていきたいです。
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